esperanza

コーチングやクリフトンストレングスについて徒然なるままに

手のひらに感情を乗せる〜同じコーチとセッションを重ねるメリット

今日はコーチングを受け続けたらこんな事があるよという話。
自分の生々しい感情を思考のフィルターを通さずにコーチに話せた時、私は大事なもの・・本当の自分を手のひらに乗せる事ができたかのような嬉しい気持ちになったよという話です。

同じコーチの方から約1年、コーチングを受け続けています。
最初は2週間に1回、多忙になってからは月1回。
話す内容が最初の頃と変わってきたなあと感じています。
最初の頃は目標達成の話、コーチとしての先輩にティーチング兼アドバイスをお願いするような話がほとんどだったけど、最近は内面の話、つまりは私の考え方の癖だったり自己基盤的な話もするようになってきました。

コーチングで心の奥をさらけ出すような深い話をできるのか

・コーチングはコーチとクライアントの信頼関係で成り立っています
・守秘義務がありますのでどんな話でも安心してお話ください
とはいうものの、初めて会った方に対して無防備に心の奥までさらけ出した深い話が出来るでしょうか?
もちろん、問題ないよ!大歓迎だよ!さあ話すよ!!という方大歓迎です。

自分でもコーチとして練習や実践を重ね、クライアント経験もそれなりになってきた今思うのは、話せているようで話せていない・・です。

どんなことを話せていないのか・・・

主には生々しい感情の動きは話せていない事がほとんどです。

その言葉は誰の言葉なのか

私には「人からまともだと思われたい」という欲求があります。
世間一般の基準から大きくハズレていたくない
普通の人だと思われたい

だけど、「ちょっとおもしろい人だと思われたい」という欲求もあります。

これらの欲求は無意識のうちに私に着ぐるみを着せます。
そうすると、出てくる言葉は、着ぐるみが喋った言葉になります。

もっと生々しい表現をすると「取り繕った言葉」です。

あなたはコーチに何でも話していますか??と聞くと、私を含め大抵の人は「話せている」と答えますが、初対面や継続数度のセッションで「取り繕い」を取り除いて話すことは結構難しく、「嬉しかった」「悔しかった」と感情の言葉を話しても、それは一度頭の中で整理されて、お化粧を施した言葉であることが多いと思います。
「見せたい自分」が話す言葉なんですよね。

子どもの頃は出来ていたこと

・大人たるもの人に涙を見せてはいけない
・人前で取り乱すなんてみっともない
・目標達成に向けて余計な感情は排除すべき

おとなになり、社会という海の中で泳ぐために私たちは様々なスキルを身につけると思います。

そんなスキルを身につける前の幼児の頃、ただただ悲しくて泣いたり、嫌なことは嫌と言って誰の前でも機嫌を悪くしたり、嬉しいときはニコニコヘラヘラしたり、何度も同じ話をしたり・・・
たしかに、出来ていたんです。

それが、「こう見せたい」「こういうふうにありたい」「~すべき」という思考のフィルターを通すと、お化粧をした言葉で人に話します。

私のように取り繕いとなって現れるかもしれないし

しかたない選択だったんだと無意識に自分の行動を養護する形になって現れることもあります。

コーチからまだまだ本当の自分を話していないように見えると言われて

正直、むっとしました(笑)

その時は「話しているやん!!」と思ったけど、今思うとフィルターを通していたんでしょう。

その時、親の介護・看護についてお話をしていました。
病院を転院して、療養中心の生活からリハビリ中心の生活になって必要なものが変わって、入院前に色々揃えたり、あとからも色々あれがいるこれがほしい、使ってみたら他のものが良い、思ったより暑いなどと山ほどリクエストされていたんですね。

相手も大変だから今は仕方がない、私も今は諦めて付き合っている

そんなふうに話していた時に、「大変そうに見える、本当の本当に大丈夫なのか」と聞かれて、「今は仕方がないです、今だけのことなんで」と答えました。

もう一度、あなたの本当の気持ちは??と聞かれて、さっき話したやん!と思いました。

しばらく別の話をしていて、切り口を変えてもう一回聞かれた時、

「次々に要求されて応えたいけど、私も仕事があって時間や場所に制約がある。何度も何度も買い物に行くことでお金もなくなってきて心細いし、疲れてるのにしんどいし、何より自分の時間を削られているような焦りがある」と言っていました。

心細さや焦りを「今は仕方がない」という言葉で感情に蓋をすることで自分の世界を平穏にしていたんです。

もっと聞かれた時「母親は前は私を気遣う言葉も掛けてくれたのに、今は自分の要求しかいわなくなった」と心の奥にある見たくないけど、見ないようにしていた自分の気持ちを泣いて話していました。

話したあと、あ、これだ!!と感じました。
誰にも見せないようにデコボコを平らに整地してまっすぐ歩くことの出来る道路になっていたけど、本当は心細かったし、何よりもっと私を気にかけてほしかったんだ!と。

この「私を気にかけてほしい」をいう気持ち・・・

私の場合は、おとなフィルター(笑)で真っ先に埋めてしまってなかったコトにする感情だけど、周りに対して違和感を持ったり、打ち込んでいたことを投げ出す時ってほぼほぼこの気持が満たされていなくて、そこが崩壊のきっかけになることがほとんどだったなあと今振り返ると思います。

いまのきもち

ちょっと生々しい話もしていましたが、今「私を気にかけてほしい」という自分の感情を手のひらに乗せてみると、「よく我慢したねー」とも思うし、「もー本当にこの子は」とも思うし、手は掛かるけどなんか愛しいもの・・かわいいかわいいヒヨコを手のひらに載せたような気持ちになりました。

「やっと会えたね」

 

ちょっと長くなりましたがいかがだったでしょうか??

同じコーチとコーチングを続けるメリットは、何を話しても否定されない・大丈夫!と関係性を築いた上でこんな風に取り繕いのない自分の生の気持ちを話せることにあります。
違うコーチを渡り歩くことも視点を変えるという意味では良いことですが、安心してお話できるコーチとコーチングを続けることで自分の中のヒヨコを取り出せるかもしれません(ゴジラだったらごめんなさいね)

私があなたのそんな存在になれましたら嬉しいです。

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11.20現在、初回に限り500円(30分間または1時間)金曜以外の平日早朝(5:30以降開始-6:45終了の間)または火・水夜(20時以降開始~22時終了の間)でコーチングセッションのクライアントさんを募集しています。
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